Posted by あしたさぬき.JP at ◆

 

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2013年09月28日
Posted by カミロイ人 at ◆2013年09月28日08:53Comment(0)

表札を見るとその人が分かる?

 最近はいろいろな「表札(ひょうさつ)」が増えてきた。これは、ホームセンターなどで表札を受注・製作ていることが大きく影響しているのかもしれない。もちろん、個人情報の観点から、表札は出さないとか、女性だけが住んでいるとなめてかかられたりするという理由から「男性の名前」で表札を出しているということもあるようだ。

 表札は、居住者の氏名を門や、玄関に示すものであるが、掛ける場所によって書き分けるのが普通だ。アパートやマンションに住んでいるので選択肢はないという方もいるだろうが、一般論も知っておいた方がいいだろう。



 まず、玄関には「姓名ともに書いたもの」を掛ける。門扉などには「姓」のみのものを掛ける。書体は自由だが、誰にでも分かる字体でなければ表札の意味がない。よく使われる書体は「楷書体」「行書体」「隷書体(れいしょたい)」である。行書体と隷書体をよく見かける。この方が見栄えがするのだろう。清玄実用書道の会でも人気の書体だ。

 この他に、「篆書(てんしょ)」で書いているものがある。中には西洋風の家で「デザイン文字」を掛けているところもある。もちろん、新趣向は若い人向きなので、お年寄りが住んでいる家で滅多にこのようなものに出会うことはない。しかし、もしそういう家があれば、きっと芸術志向の強い人が住んでいるのだろう。しかし、本人から「何でもいいから掛けているんだ」と言われれば、それで納得するしかない。人の趣味はそれぞれなので。

 表札の材料には、簡単なものでは「厚紙」がある。名刺のようにケースに挟むものである。次に、一般的には加工した「木材」がある。黒々とした墨で書くので下地は白い木肌になる。「黒檀」や「紫檀」の場合は逆に白のポスターカラーなどで書くようになる。プラスチックは墨を弾くので普通は使わない。基本的に印刷である。文字を印刷した透明シールを貼ることもあるようだ。

 この他に、「自分で書いたものを彫ってもらう」という趣味的なものもある。たいていは、専門家に依頼して出来上がったものを掛けるのだが、それでは面白くないということで、自分で書くのである。その方が愛着が湧き、好ましいという人もいれば、自分の書いたものなどとても見られたものではないと拒否する人もいる。このあたりは、好き好きということで、お任せである。   


2013年09月24日
Posted by カミロイ人 at ◆2013年09月24日09:04Comment(0)

老人と言わないで!

 今月9月は「敬老の日」が第3月曜日にあった。敬老の日の始まりは、1951年の「としよりの日」であるらしい。当時は年寄りが年寄りらしい頃だったのでこれでもよかったのかもしれない。しかし、日本人の平均寿命が伸びてきて、老人のイメージがどんどん後退して、「まだまだ、としよりと言わないで!」という風潮になった。まあ、「年寄りの知恵を借りて、よい村作りをしよう」という主旨がいつまでも通用するわけがない。その頃の日本は追いつけ追い越せの電子国家への道を進んでいたのだから。

 1964年になって、「老人の日」に改称され、翌年に国民の祝日「敬老の日」に制定された。「こどもの日」「成人の日」があるのに「敬老の日」がないのはおかしいとということで記念日として定められた経緯がある。このため、「母の日」のように日本国外から輸入されたような記念日と違い、日本以外の国にはないのだという。

 高齢者、すなわち老人を何歳から定めるかというのは大変難しい問題らしい。人間には個体差があるし、栄養や衛生が行き渡ってくると老人が老人らしく見えなくなってくるからだ。そこで、一応60歳の還暦以降の人を老人とよんでいるらしい。



 さて、この辺りを気にしながら、お祝いの色紙を書く場合を考えてみよう。清玄実用書道教室ではこれを色紙とするか短冊にするか決めていないのだが、ここでは色紙を考えてみよう。

 よく書かれる字に「寿」があるが、寿は頭(かしら)の部分が「老の」という意味で、下の部分が「伸びる」という意味である。従って、久しい、命が長い、命、ことほぐ、年寄りの意味があるとされる。長寿を祝う語句にはどんなものがあるのだろうかと探してみると、以下のものがあった。

  壽安(じゅあん) 命長く安らかなこと
  壽考(じゅこう) 長命、長生き
  壽康(じゅこう) 命長く安らか
  養壽(寿を養う) 寿命を養って長生きする
  南山壽(なんざんの寿) 終南山が永久に変わることがないように、末永く続くことを祈る。転じて長寿を祈る
  天地壽(天地の寿) 悠々たる天地のごとき長寿
  壽比金石(じゅひきんせき) 金石のように長い寿命

 この他にも、壽富(じゅふ)、壽昌(じゅしょう)、壽山福海(じゅざんふくかい)などがあるので、気に入ったものを使えばよいだろう。(語句については小野雪華氏の記事を参照)

 もらって怒り出す人はいないと思うが、くれぐれも人を見て贈ることをお勧めする。人は結構自分のことを分かっていない(年より若いと思っている)ものだから。気配り、気配り。   


2013年09月20日
Posted by カミロイ人 at ◆2013年09月20日08:02Comment(0)

明朝体とゴシック体

 前々回に文庫本のカバーを作っている話を紹介した。実はまだ悪戦苦闘している。CADで書いたものをコピーすれば後はそれに写真と文字を貼り付ければお終い。となるはずだったのに、まずクリップボードを介したコピーでは寸法が正確に維持できないことにビックリした。CADさえあれば、すぐにでも出来ると考えたのが大間違いだった。それではCADで全部作ってプリントすれば問題ないではないかと言われそうだが、デザインをCADで作るのは結構難しい。

 結局、貼り付けた先で「メジャーグリッド」を内蔵するソフトが必要なのだ。ワードはグリッド線が出るが罫線に過ぎない。それに最後に打ち出すとすれば、どこでも打ち出せるようにPDF形式が望ましい。ということで、少し高価だがイラストレーターが最有力候補となる。

 まあ、ゴチャゴチャ言っていても仕方がないので作ってみた。その結果が前々回の写真である。打ち出しは最初にキャノンの「マットフォトペーパー」でやってみた。海外のペーパーバックなら全然問題ない。だが日本の文庫本には少しばかり手触りが悪い。そこで文具店を巡って次の候補を探した。もっといいのがあるのかもしれないが、現時点ではコクヨの「写真用紙」が一番いいと思った。若干手触りが違うが許容範囲か。サイズはA3である。

 ここまで出来てくると、実際にブック・カバーとして文庫本を包んでみるしかない。しかし、元のものと比べてみると、何となく安っぽい感じがする。この感じは大手の老舗書店の本と新興書店の本の違いとよく似ていた。何だろうと考えていたのだが、これはどうも「明朝体」を使わないで「ゴシック体」を使ったせいではないかと見当がついた。それで明朝版を作ってみると、ちょっとイメージがアップした。うん、この感じ。※この見本のゴシック、明朝ともマイクロソフトのフォントではない。このオリジナル表紙の文庫本は存在しないので探さないように。



 結局のところ、人間は「微妙な部分で美を感じる」のであって、「同じものだよ」と言われても感性が納得しないということが分かった実験だった。清玄実用書道教室でも、この微妙な部分を納得して作品作りに励んで頂ければ上達は早い。活字よりは幅広い表現が可能なので、ぜひこの微妙なところを掴んで欲しいものだ。  


2013年09月14日
Posted by カミロイ人 at ◆2013年09月14日12:31Comment(0)

変形文字が書きたい?

 書道の趣味がある人で「変形文字」に挑戦した方も何名かいるだろう。清玄実用書教室では「デフォルメ」は教えるが、変形文字は教えたことがない。普通の書道教室には「きれいな字を書きたい」といって入会してくるからだ。自分独自の字が書きたいという人は本当にまれだ。

 筆記用具も、筆の代わりに割り箸を使ったり、釘、布、瓦、指先、クレヨン、歯ブラシなどとバラエティに富んでいる。まあ、指先だけで細密画を描いたり、クレヨンでハイパー・リアルの絵を描いたりする天才も時々存在し、ユーチューブなどで紹介されているのでこんなのはダメだと言えるものではないが、一般的にはあまり面白くないので続かないのが普通だ。



 字を習いたいという動機のほとんどが「人前で恥をかかない程度の字を書けるようになりたい」である。芸術家的な感性を持つ人はそうは思わないらしい。自己主張出来る字が書きたいというわけである。

 ここで、字を習いたい人の目的があるかないかで上達の度合いが変わってくる。

 ①とりあえず、短期間で少しましな字が書きたい
 ②生涯学習の一環で少しずつ上手になればいい
 ③展覧会に出せる程度の字が書きたい
 ④字の検定をあるいは資格を取りたい

 ①の場合、字の構成法則が理解できる人であれば3ヵ月程度で字が整ってくる
 ②の場合、1ヵ月の1度の学習でも数年経てば、自分でも変わってきたなと実感できる
 ③の場合、元々の素質、感性、熱意などが大きく影響するので、個人によって幅がある。ただ、学習前よりは上手な字が書けるようになる
 ④どの検定も同様だが、過去問題を徹底的にこなす覚悟がなければ合格できない。70%は過去問題の習熟度に左右される。上級になれば、実技だけでなく、知識も要求されるので、覚えるのが苦手という人には向かないかもしれない。調理師試験でも抜群の腕を持っているが、学科が受からないので資格を持っていないという人がいる。美容師なども同様だろう。

 始める前に自分の目的とするものが何かをよく見極めれば、上達も早いし、寄り道もしないで済む。ただ寄り道の好きな人はどうぞ何でも試してください。あなたの人生ですから、誰も文句を言いませんよ。

  


2013年09月03日
Posted by カミロイ人 at ◆2013年09月03日14:40Comment(0)

文庫本のカバーに挑戦

 今取り組んでいるのが、文庫本の表紙をコンピュータで作る作業である。文庫本カバーについては、別に内容さえ良ければ気にしていない、そもそも書店のカバーをかけるから,見ることがないという人もいるが、文庫本のカバーが悪かったら買わないという人もいる。そんな人は、カバーが更新されるのをひたすら待つのである。これはハードカバーでも同じである。

 どうしてそれが分かるかといえば、ネットオークションなどでカバーの違う書籍の値段が天地の差ほどあるのである。みんな自分の気にいったカバーの書籍を眺めてみたいのだ。



 世の中には中古は嫌だから買わないという人もいるが、絶版書を入手しようと思ったら、それは無理というものである。書籍は時代と共に重版を重ねるものもあれば、初版で売り切りになってしまうものもある。どうしても読みたいと思ったら、オークションでも中古市場でも漁って購入するしかない。その時の相場は誰にも予想できない。思いがけないほど安く手に入るときもあれば、大型冷蔵庫が買えそうな値段がつくこともある。

 こうして入手した書籍はたいていは経年劣化が進んでいるので、そのままでは少しみすぼらしい。出来たら、表示のカバーだけでも替えてみたいと思うのがコレクターではない凡人の考えるところである。コレクターは「書店から配送された直後の完全」を要求するのでカバーを替えるなんて発想自体がない。

 私もたいていはカバーを見て買うかどうか決める方なので、重版があれば、良い方のカバーを買い直すこともある。無駄だが仕方がない。悲しい性なのだから。

 私の場合は、元の書式のタイトルや著者、出版社、ISBNコードなどを活かして、背景になる表紙の絵または写真を好みのものに貼り替えるだけだが、人によってはタイトルや著者は出版社は自分で手書きしたいと思うようだ。もちろん、筆記具は筆、マジック、色鉛筆、マーカーなど様々で、個性が出て非常に興味深い表紙が出来る。

 一度、清玄実用書道の会でやってみたいと、現在、悪戦苦闘中である。ちなみに、現在のツールはCADとイラストレーター、PDFである。まだサイズ決定がうまく行かない。あと2~3回は試行錯誤が必要な感じである。これが、WORDとPDFで出来れば、みんなに挑戦してもらえそうである。