Posted by あしたさぬき.JP at ◆

 

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2013年12月26日
Posted by カミロイ人 at ◆2013年12月26日20:02Comment(0)

年越しの儀式

 年末の忙しい時期になると、決まって苦になるのが大掃除だ。早くからやろうと思って準備をするのだが、いざとなると他の雑用に費やしてしまう。で、結局大晦日が迫るまで手つかずになって大慌てで始めると言うわけだ。

 大晦日近辺は産土神社に御神酒を届けたり、餅をついたり、正月用の飾り物を付けたりと大わらわだ。中にはまだ年賀状が出来ていないといって焦って書きなぐっている人までいるそうだ。分かっているのだが、これが毎年続くのだからつくづく自分の性格に嫌になる、という人もいるだろう。



 もちろん、一切合財何もやらないで新年突入という怠け者もいるだろう。最近はこういうタイプが増えてきたという話を聞く。年賀状はどうするのかといえば、メール一本で済ませるのである。指の運動程度の作業量である。

 しかし、中には越年の準備などさっさと終わらせて来年の仕事の準備を始めているという強者もいるようだ。羨ましい限りである。あやかりたいものである。

 さて、大掃除の時には神棚も掃除する。もちろん、神棚のない家庭ではやらないわけだが、仏壇はきれいにするだろう。あるいは、お墓はきれいに掃除して花を供えるだろう。仏壇もないという人でも、墓参りぐらいはするだろう。えっ。帰郷先にお墓があるのでそれもない。ないないづくしでいく人はそれが当たり前になっているのかもしれない。

 日本には「冠婚葬祭」という行事が伝えられてきて、それぞれの節目になっているのだから、できれば古の教えに従って日本古来のよき伝統を残すために一踏ん張りして欲しいものだ。それでなければ、あれもいらない、これもいらないで本当に殺風景な日本になってしまうだろう。そんな世界に住みたくないでしょうが。

 新年の行事というもののは、日本人であることを改めて思い出すよい機会だと思う。来年は午年なので不景気を蹴っ飛ばして躍動して欲しいものだ。書き初めもいいかもしれない。筆が使えないって。今年から練習すれば来年は書けるようになるはずだ。面倒くさがらずに挑戦してみよう。  


2013年12月21日
Posted by カミロイ人 at ◆2013年12月21日09:44Comment(0)

猫のいる風景

 年賀状を出す期限が迫ってきた。受付は12月15日から始まっており、25日が締め切りだ。もちろん元旦に届けたいと思えばだ。別に「松の内」の間に届けばいいやと思えば、年明けでも構いはしないが、それでは少しずぼら過ぎると考えるならクリスマスまでには出しておくべきだろう。

 とは言うものの、県内なら2日前でいいだろうと先延ばしを誘惑する小悪魔もいるので、心のいたちごっこは終わらない。

 さて、毎年その年の動物というものがある。「十二支」である。この「十二支」のうちに日本では頻繁に見かける「猫」がいないことは昔からいろいろな話の種になってきた。猫好きの人にとっては憤懣やるかたないだろう。俗説では、猫は神様のところへ新年の挨拶に挨拶にでかける日を忘れてしまい、鼠に1日遅れの2日だとウソを教えられたので十二支に選ばれなかったという。この十二支といういうものは中国産なので、他の場所では猫が入っていることがある。(*当時の中国には猫がいなかったとか)。チベットやタイ、ベトナム、ベラルーシでは「兎(卯)」の場所に「猫」が入る。またブルガリアでは「虎(寅)」の場所に「猫」が入る。



 猫はミステリアスで不気味なこともあるが、反面その姿や動作がとてもキュートなのでたくさんの人が猫を飼っている。あるいは飼われている。その猫の迷信については諸説ある。

 代表的なものは、「黒猫を見ると不吉なことが起きる、あるいは、黒猫が前を横切ると不吉なことが起こる」である。中世のヨーロッパでは烏と同様に災いを呼ぶと恐れられ、魔物として扱われてきた。中でも黒猫は、魔女の使いとして特によいイメージがない。猫を殺すと7代呪われるというから尚更だ。

 その次は、猫は「死ぬ時に姿をかくす」である。体調の悪くなった猫が、ある日ふらりといなくなり、そのまま帰ってこなかったというような伝説である。日本はともかく、猫を食べる習慣のある国では当たり前だろう。

 それから、これは民話に属するものだが「猫又」がある。その姿はイノシシより大きく、人間を食べたという。江戸時代になると、「長い時間人間に飼われた猫は、しっぽが2つに別れた猫又になる」というのが常識的になったようだ。

※全く毒のない生き物というものも可愛いが、少し毒のある生き物の方が魅力的というのは人間も変わらない。あんまり「品行方正」だと完成型(面白みがない)とみられ、伸び(成長)が見られないと思われるからだろう。

 書も同様で、完成された書(技法に凝り固まった書)というものは手を付けることが出来ない。何か破綻の部分を残しておいてこそ進歩がある。そう考えると、筆の狂いも進歩の兆しと思えてくる。すこぶる楽観的だなあ。  


2013年12月18日
Posted by カミロイ人 at ◆2013年12月18日09:21Comment(0)

代筆する機械が登場

 世の中めまぐるしく動いていくと感じている人が多いだろうが、ついに書の世界にも機械が進出してきた。あなたに代わってその場で文字を書いてくれるハンディな機械である。

 パソコンで暑中見舞いや年賀状、あるいはビジネスレターなどを作って印刷するという世界は、20世紀後半から常態化してきている。だから、筆耕さんの仕事が無くなってきているわけである。清玄実用書道の会でも筆耕の仕事はしているが、ネットからの注文がほとんどで、それも緊急の仕事が多い。シルバーセンターの筆耕の仕事も激減しているというのも頷ける話だ。

 パソコンの発達によって個人でも企業でも簡単に何枚でも「同じ品質」のはがきや手紙を書けるのだから当然だ。手書きによる人間的な暖かみとか、心づくしなどを要求しない(面倒くさいと思う)人にとってはいい時代である。もっとも内心、自筆が人に見せるに値しないと恥じている人もいるわけだが。

 そこに登場したのが、代筆してくれる機械「ワードライター」である。まずはユーチューブの映像を見てもらいたい。



 「I Robot」というSF映画で、ロボットがさらさらと文字を書いたり、風景をさくさく描いたりしていたが、あれである。ワードライターは一文字一文字書いてくれる。書き順も正しく、習字の模範のように美しい文字をその場で書いてくれる。これは欲しいと思う人が出てくるだろうと思った。

 しかし、問題はその価格である。何と、現在の価格は税込みで90,300円だという。パソコンが買える。う~ん、迷うなあ、というか手が出ない。

 でも、こう考えると高くはないかもしれない。書道教室に入門して入会費を払い、毎月の月謝を払い、材料費を払い、何年もかけて技術を習得する努力をすると10万円では済まないだろう。この機械を買えば、それが一瞬で実現できる。ものは考えようである。

 もっとも、このような持ち運び型ではなく、Wearable(身につける)タイプのものをご希望の方がいるだろうがそれはもっとずっと先の話だろう。現時点でこの機械が評価されるのは20年かかるだろうという意見もある。ただ、選択は任されているのでご自由にどうぞ。  


2013年12月12日
Posted by カミロイ人 at ◆2013年12月12日09:25Comment(0)

お歳暮の季節だが

 先日、長野の親戚からりっぱなリンゴを1箱贈ってもらったのだが、このお返しに悩んでいた。今の時季はお歳暮の時期なので、コーヒーやら家庭洗剤やら肉製品、菓子製品、アルコール類などが考えられる。リンゴに対してバナナや梨や柿というわけにはいかないだろう。本来、お歳暮は直接訪問して贈り物をするものであるが、遠方ではそうもいかない。近年では老舗や百貨店などから直送で相手方に贈られることが多いのだが、ご当地ものを選んでその店で贈ってもらうか、宅配便で送るという方法もある。

 サラリーマンをしている人は上司に何か贈っておこうと考えるものだが、最近のヤフー知恵袋などを見ると、「お歳暮」や「お中元」という文化はなんのためにあるのでしょうか?と疑問をあからさまにしているものが見受けられる。確かに必要もない?のに品物を贈ったり贈られたりするのは非論理的だが、人間関係というものを考えるとそう簡単には割り切れないものがある。確かに業者を儲けさせているだけだという批判もあるが、業者が閑古鳥では一般の景気だって閑古鳥だろう。



 香川の今年の売れ筋のお歳暮は「白子のり」、「ヘルシーオイルセット」、「調味料ファミリーギフト」、「ハムセット」だそうだ。シャデイのランキングでは1位がドリップタイプコーヒーギフト、2位が詰め合わせハムギフト、3位が蟹缶ギフト、4位が和菓子ギフト、5位が瓶コーヒーギフト、6位がウインナーセット、7位が茶菓子セット、8位がスティックコーヒーセット、9位が伝統ハムギフト、10位がハム・ウィンナー詰め合わせセットとなっている。

 ハムギフトがダブるがメーカーの違いが好みの違いに現われるのだろう。コーヒーも同様である。人それぞれ、地方によっても様々なので、考えて贈ればいいだろう。ただあまりよく知らない人に贈るときには失敗もある。お酒を飲めない人に高級酒を贈ったりする場合である。あるいは香川名産のうどんがいいだろうと贈ってみると、うどんは嫌いという人だったりと、世の中何が起こるかわからない。まあ、失敗は毎度のことなのでめげずに品物選びをしてみよう。

 熨斗を自分で書ける場合は、手書きで自分で書いた方がよいに決まっているので、お店の人に発送前に一度聞いてみよう。  


2013年12月04日
Posted by カミロイ人 at ◆2013年12月04日21:55Comment(0)

甲午のいろいろ

 あっという間に12月になってしまった。今年中にしなければならないことが山積みなのにほとんど片づいていない。あせり、焦り。コンピュータの仕事はそれほど急を要しないのだが、書道系の仕事は結構時間がかかるし、期日があっという間に来るので、予定表に書いておかないと徹夜してでも仕上げなければならなくなる。困ったものである。

 今年の仕事はまだたくさん残っているのだが、年賀状が一番問題だ。来年の2014年の干支は「甲午」(きのえうま)であり、過去の午年は不況になりやすい年だという。というのも、一年の真ん中を現わす季節で、草木の成長が終わり、衰えていく時期を象徴しているからだ。もともとは逆らう、突き当たるという忤が当てられていたが、記憶しやすい午に置き換えられたということも午年がいい年に取られないことことの原因だろう。

 午年は長寿を司る勢至菩薩が守り本尊となっている。方角でいえば南、横道十二宮では獅子宮に対応し、四季では夏に対応する。丙午の年には出生率が低いとかいう現象も起こってはいるが、来年は甲午なので大丈夫だろう。

馬に関わる諺で正反対のものを挙げてみると、

(人間万事塞翁が馬(にんげんばんじさいおうがうま)
 人生における幸不幸は予測しがたいということ。幸せが不幸に、不幸が幸せにいつ転じるかわからないのだから、安易に喜んだり悲しんだりするべきではないというたとえ。「塞翁が馬」ともいう。



(馬を牛に乗り換える)
 速い馬を遅い牛に乗り換える意で、有利なものを捨てて不利なものに乗り換えることのたとえ。この反対は「牛を馬に乗り換える」。

※人間は欲をかかずに中庸に生きるのが一番なので、くれぐれも馬を牛に乗り換えることだけは避けて欲しい。人間健康で長寿が一番だ。自然に任せて無理をしないことが肝要なのではないだろうか。ということで、次回は来年の初初めの色紙の文句について考えてみたい。