Posted by あしたさぬき.JP at ◆

 

この広告、メッセージは90日以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事でこのメッセージが消せます。
  

2014年02月20日
Posted by カミロイ人 at ◆2014年02月20日16:11Comment(0)

花祭りには

 今年、全国的に2回続いた雪の被害は甚大だ。未だに道路が雪に塞がれ、交通の便が途絶えているところが多いらしい。テレビではオリンピックは盛大に放送するが、このような被害状況についてはほんの少ししか伝えないと悪評紛々である。今まで被害を受けたことがなかった地域が被災しているのだから、尚更だ。

 やっと政府も自治体も重い腰を上げたようなので、だんだんと解消に向かうだろうが、被災地の皆さんはその間、じっと我慢をしなければならないので、ただただ安否を気遣うことぐらいしかできない。何とか、救出までご無事で。

 被災の少なかった香川で被災地の人々にできることは、こちらの野菜ものや魚や生鮮食品を関西・関東地区に出荷して食糧事情を和らげてあげることぐらいしか方法がない。何しろ肝心のものを運ぶ道路が使えないのだから。一刻も早く、この悲惨な状況を抜け出して欲しいと思う。



 さて、清玄実用書の会ではいつものように2ヵ月先の課題を考えている。事情は前にも説明したが、課題の先渡しをしているためだ。今回は4月の課題ということで、「花祭り」を取り上げてみた。

 4月8日はお釈迦様の誕生日である。「潅仏会(かんぶつえ)」「仏生会(ぶっしょうえ)」「降誕会(ごうたんえ)」ともいう。最近は、仏教徒ではないので知らないとか、平日の祭りは仕事が忙しくて頭にないとかいう人もいる。

 「花祭り」はインド古来の行事で、日本では推古天皇の時(7世紀初め)に、すでに行われていたという。現在は宗派を問わず行われているが、「花祭り」の名は、明治時代に浄土宗が発祥とされている。

 内容としては、お寺にお参りして、草花を飾った「花御堂」に安置された誕生仏に甘茶を注ぎ、礼拝する。甘茶はブッダ誕生の時、九体の竜が香湯を注いだという伝説に基づいているという。

 日本は神仏習合、クリスマス、バレンタイン何でもOKの国なので。いろいろな行事が楽しめる。

例文)

うららかな日和になってきました。みな様、いかがお過ごしでしょうか。
先日、しだれ桜が見事に咲き誇っているのを見てきました。
その様を最近覚えたデジカメで撮り収めました。このように気分が華やぐのも久しぶりです。
今日は、お釈迦様の誕生日ということで「花祭り」が催されていました。
古式ゆかしい装束の人もいて、日本の良さを味わいながら、甘茶を注ぎ、家族、親族の無事安全をお願いしました。  


2014年02月10日
Posted by カミロイ人 at ◆2014年02月10日13:49Comment(0)

大雪の見舞い

 山陰や東北、北海道で雪が降るのは当たり前だが、全国的に満遍なく雪が降ったのは珍しいのではないだろうか。香川も辺り一面が銀世界になり、車があちらこちらで追突したり、ひっくり返ったりと大変な状況だ。まことに雪は香川では大変だ。滅多に雪の降らないこの地方ではスノータイヤを履いている車など余程の物好きか、雪が当たり前の地方に出張が多い人ぐらいだろう。私は一昨年、雪対策でチェーンを買ったのだが、車を変えたのでタイヤ幅がぎりぎりで使えるかどうか履いてみないと分からないというなさけない状況である。



 さて、清玄実用書のホームページを6ヵ月以上、手をつけずにいたので広告の嵐になっていることに気づいた。こちらのブログはある程度、更新しているので、そんなことにはならないのがせめてもの救いだ。近日中に更新したいと思っている。更新していないからと言って放置しているわけではないので、ぜひ訪問して欲しい。

 こんな時期には、課題のひとつも考えておかねばならないのだが、思いつくのは「災害見舞い」である。

例文)
思いがけない大雪が全国を覆いましたが、皆様 お怪我もなくお過ごしでしょうか。
私どもは昨日の大雪でちょっと滑って転んだぐらいで、大したこともなく元気に仕事をしています。
そちらは、たいへん雪が積もっているとテレビで拝見しました。交通事情もたいへんな様子ですね。
このような天候が終わり、晴天の日が続きますよう心からお祈り申し上げます。
早く、春よ来いと心待ちしています。

※ハガキを書いても、交通機関が麻痺していたら届かないかもしれない。届いても日が開いていると、間が抜けた文章に見えるので困ったものである。  


2014年02月02日
Posted by カミロイ人 at ◆2014年02月02日01:50Comment(0)

節分の豆まき

 節分がやってくる。節分は旧暦で言う大晦日にあたる。この日を最後に次の年に移り変わるわけだ。立春、立夏、立秋、立冬と4つの季節があるのだが、なぜ最初の立春の前日だけを節分というのだろうか?

 調べてみると、冬から春になる時を1年の始まりとし、この日を現在の大晦日と同じようにとらえて年に1回の節分にしたものだという。年賀状などで「新春のお慶びを申し上げます」などを書くのを思い出せば、日本人(あるいは中国人や台湾人)は春を迎えることを新年を迎えるのと同じ意味で使っていることに納得する。

 清玄実用書の会でもこれを何とか課題にしようと思ったのだが、ちょうどこの時期は「寒中見舞い」があるのでなかなか課題に取り上げることができないでいる。今年は無理でも来年は挑戦してみようと思っている。

 節分は「鬼払い」の行事がある。子どもの頃、よく耳にした「鬼は外、福は内」である。これは中国から来たものらしい。中国の大儺(たいな)が源流で、おそろしい形相の面をつけた呪師が疫鬼をおいはらう行事だという。日本に輸入されたこの儀式は706年に「土の牛」を作って、鬼払い儀式が行ったということだ。その儀式の名はは追儺(ついな)といい、朝廷では鎌倉時代まで大晦日の夜に行ったと「続日本紀」に書かれている。

 豆まきは室町時代から始まったもののようで、江戸時代になると、春をむかえる厄払いの行事として、諸国の神社や家庭にひろまり、体を豆でなでて厄をうつしたり、年齢の数だけ豆を食べたりするようになったという。



 では何故豆なのかというと、まめという字の判じ物である。「ま」は魔を意味する。「め」は滅を意味する。すなわち「魔滅(魔を滅する)」である。これは昔、京都に鬼が出たときに神様のお告げで鬼の目に豆を投げつければ鬼を退治できるとお告げがあり、その通りにして鬼を追い払った故事から来ているらしい。まあ、実際に鬼が京都に出たわけはないのであくまでも民話の域を出ないが。鰯の頭に柊も同様である。

 行事として一般化している豆まきだが、一つだけやってはいけないことがある。それは何かというと豆まきに「煎り豆」を使わないことである。煎り豆でなければ「芽」が出てしまう。これは先ほどの判じ物で考えると「魔の目が出る」ことになり大変不吉である。ご用心、ご用心。

例文)
寒さも一入の季節がやってきましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか?
わが家では、今年は玲二さんが鬼の役になり豆まきをすることになりました。
何でおれがという彼をなだめ、衣裳も揃えました。
子どもたちは喜び勇んで豆まきを研究しているようです。
この昔から伝わる儀式を通じてわが家の繁栄をもたらしたいと思っています。
ちょっと大げさかなと思うでしょうが、やる以上はそのくらいの気持ちが必要です。
このように今年もわが家は騒がしく楽しくやっていますのでご安心ください。
こちらの地区にお寄りの折ば、ぜひお越し下さい。心よりお待ち申しております。

(※記事は語源由来辞典、366日への旅 記念日編、節分の意味と由来とは?を参照した)